「在留カード」のない隣人 ―― 特定技能の現場から見えた「仮放免」という境界線
はじめに
私は日々、特定技能制度を活用し、インド人の方々が日本で働くためのサポートをしています。
書類を整え、入管に申請し、在留カードを手にする。そのカードは、彼らが日本で堂々と生活し、働くための「通行許可証」であり、私にとってそれが「日本で働く外国人」の当たり前の姿でした。
しかし、その「普通」のすぐ隣に、全く異なる景色があることを知りました。
きっかけは、一冊の本との出会いです。
知られざる「仮放免」という宙吊りの日常
『仮放免の子どもたち ―― 「日本人ファーストの標的」』。
新聞の書評で見かけたその言葉に、私は胸を突かれました。

仮放免の子どもたち ―― 「日本人ファーストの標的」 池尾伸一 著
「仮放免」とは、難民申請中であったり、何らかの事情で強制退去令書が出されたりした外国人が、収容施設の外で生活することを一時的に認められる制度です。
一見、自由を得たように聞こえるかもしれません。しかし、その現実は過酷です。 在留資格がないため、働くことは許されず、健康保険にも入れず、都道府県をまたぐ移動すら制限される。
親がオーバーステイであれば、日本で生まれ育ち、日本語しか話せない子どもたちまでもが、この「仮放免」という不安定な立場に置かれます。
私が日常的に接している、在留カードを持ち、夢を持って働くインド人の方々。
彼らと同じ空気を吸いながら、制度の裂け目に落ちた人々が、法的な「透明人間」として暮らしているのです。
「日本人ファースト」が隠蔽する共生の課題
なぜ、これほどまでに厳しい現実があるのか。
そこには「日本人ファースト」という名の、無意識の排除論理が見え隠れします。
「ルールを守らないのが悪い」「日本人の利益が優先されるべきだ」。
確かに、法治国家としてのルールは重要です。しかし、その背後にある「自分たちと違う異分子を排除したい」という心理が、外国人排他を加速させてはいないでしょうか。
特定技能などの制度を通じて「労働力」としては歓迎する一方で、制度に適合しない人々や、弱者となった人々に対しては冷淡に背を向ける。
この二面性こそが、今の日本が抱える歪みです。特定技能で働く彼らも、もし怪我をして働けなくなったら? 会社が倒産して資格を失ったら?
「役に立つ間だけ受け入れる」という姿勢は、真の共生とは呼べません。
人口減少社会において、私たちが今やるべきこと
今後、日本は深刻な人口減少に直面します。外国人のサポートなしでは成り立たない業務分野は、増えこそすれ、減ることはありません。
そんな中で、私たちが今やるべきことは何でしょうか。
それは、外国人を単なる「労働力」や「制度の対象」として見るのではなく、同じ地域に住む「生活者」として、あるいは「一人の人間」として深く関わることです。
- 想像力を持つこと
目の前の在留カードの裏側に、カードを持てない人々の苦悩があることを知る。 - 「助け合い」を制度化すること
労働契約を超えた、コミュニティとしての受け入れ態勢を整える。 - 声を上げること
現場を知る人間として、今の制度の矛盾や、現場で起きている摩擦を社会に伝えていく。
本当の「普通」を問い直す
私にとって、特定技能でのサポートは誇りある仕事です。
しかし、その「光」の部分に携わっているからこそ、影の部分である「仮放免の子どもたち」の存在から目を逸らしてはならないと感じています。
外国国籍で日本に住み、働くこと。それは、単なる法的手続きの連続ではありません。
そこには、私たちと同じように悩み、笑い、家族を愛する人生があります。
「日本人ファースト」という壁を越え、異なる背景を持つ人々が、共にこの国で呼吸できる未来。
その第一歩は、私たちが「知らない」ことを「知る」ことから始まります。
制度の枠を超えた人間同士の繋がりこそが、これからの日本を支える唯一の道なのだと、私は強く信じています。

