H3ロケットはなぜ立ち止まったのか――ホフステード文化6次元から読み解く対応
H3ロケット失敗が突きつけた「技術以外の問題」
目次
2025年12月、日本の主力ロケットH3は打ち上げに失敗しました。
日本版GPSと呼ばれる測位衛星を予定軌道に投入できなかったこの出来事は、単なる技術トラブルにとどまらず、日本の宇宙開発の姿勢そのものを映し出しました。
失敗直後、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は「原因を完全に特定し、同様の不具合が起こり得る状態を内在させたまま次の打ち上げはしない」と明言しています。
この言葉には、日本らしい誠実さと責任感がにじんでいます。
一方で、なぜ日本はここまで「立ち止まる」のか、という疑問も同時に生まれました。
ホフステード文化6次元とは何か
この問いを整理するために有効なのが、ホフステード文化6次元です。
これは国や社会が共有する価値観を、「達成主義」「不確実性回避」「長期志向」など6つの軸で捉える理論です。
「ロケット開発がうまく行かなかった時」への対応を文化の視点から見ることで、日本とアメリカの行動の違いが立体的に浮かび上がります。
日本文化:達成主義・不確実性回避・長期志向
日本は達成主義が強い社会です。
例えば、資料を作成する際、各ページのフォントサイズと色を併せて、見栄えを統一する作業があります。
成果は高い完成度で示されるべきであり、失敗は「未達成」として扱われやすいです。
そのため、失敗が起きると「なぜ起きたのか」を完全に説明し、「二度と起きない状態」を作ることが強く求められます。とりあえず次に進みましょう、という会話は全くなく、次は完ぺきなのか?というプレッシャーのみがあります。
加えて、日本は不確実性回避傾向が極めて強いです。
原因が特定できない状態、白黒がつかない状況を嫌い、「説明できないまま進む」ことは社会的に許容されにくいです。
さらに長期志向が強いため、短期的な再開よりも「将来に禍根を残さないこと」が優先されます。
この3つが重なると、失敗後の選択肢は一つになります。
完璧な原因分析と、完璧な対策がそろうまで動かない、という判断です。
アメリカ文化:挑戦志向・不確実性許容・短期成果
一方、アメリカは対照的です。
不確実性は前提条件として受け入れられ、「やってみなければ分からない」という感覚が社会に根づいています。
短期志向が強く、成果は途中段階でも評価されます。
象徴的なのが、米国の宇宙企業SpaceXの対応です。ロケットの不具合が発生した際も、「歩みは止めない」と宣言し、致命的でないと判断した要素は思い切って外し、短期間で打ち上げを再開しました。
原因究明は中長期で続けつつ、まず前に進む。
この判断は、不確実性を許容する文化があってこそ可能になります。
H3と米国ロケットの失敗対応を比べる
H3の失敗後、日本の会見では「失敗」「残念」「申し訳ない」といった言葉が並びました。
責任を果たそうとする姿勢は明確ですが、失敗そのものが強く否定的に扱われている印象も否めません。
一方、米国では失敗が「学習の一部」として語られることが多いです。
失敗は次の成功確率を高める材料であり、立ち止まる理由にはなりにくいのです。
この差は、技術力ではなく文化の違いから生まれています。
「新たな魔物」は文化が生み出す
今回語られた「新たな魔物」とは、技術的な不具合ではありません。
誠実さが過度な慎重さへと変わったときに生まれる、文化的な魔物です。
原因の完全究明に時間がかかれば、その間に国際競争は進みます。
自前で打ち上げができない期間が生じれば、安全保障やビジネスにも影響が及びます。
「きちんとしなければ」という日本の美徳が、結果として競争からの脱落リスクを高めてしまうのです。
不確実性を受け入れるという選択
重要なのは、日本が誠実さを捨てることではありません。
「責任を取る」という概念を現代的に読み替えることです。
完璧であることと、前に進むことは必ずしも対立しないのです。
不確実性を完全に排除するのではなく、管理しながら進む。
白か黒かを決める前に、グレーのまま動く選択肢を持つ。
H3の経験は、日本社会がその一歩を踏み出せるかどうかを問うています。
宇宙開発の現場で起きている葛藤は、日本の組織や社会全体の縮図でもあります。
失敗を恥ではなく学習として扱えるかどうか。
H3は、日本が自らの文化と向き合うための、大きな問いを私たちに投げかけています。
*日本経済新聞電子版 2026年1月27日版を参考にしました。

