定年の「その先」をどう生きるか――楠木新著『定年後、その後』と、65歳の私が実感する「居場所・学び・健康」
人事担当者が頭を抱える「シニア研修」の難しさ
定期的に参加している勉強会で、ある企業の人事担当者と意見を交わす機会がありました。
その方がいま最も頭を悩ませているのが、「50歳以上の社員に対する定年前後のキャリア研修プログラム」の設計だといいます。
会社側としては、役職定年や定年退職を迎えた後もモチベーション高く活躍してほしいと願い、さまざまな資料を揃え、キャリア研修を実施しています。
しかし、当事者である50代社員の心には、なかなか響かないのだそうです。
「会社から引導を渡されたように受け取られてしまう」「他人事のように聞き流されてしまう」と、その難しさを吐露されていました。
そんな中、定年後の生き方について多くの著作を持つ楠木新氏を講師に招いて講演会を開催したところ、受講者からこれまでにないほど大きな反響と高い評価が得られたとのこと。
長年組織の中でサラリーマンとして働き、その現実を知り尽くした楠木氏の言葉だからこそ、受講者の胸に深く刺さったのでしょう。
その話を聞いたことがきっかけとなり、私は改めて楠木氏の著作『定年後』や、その後の考察に触れることになりました。

定年後、その後 楠木 新 著
楠木新氏が説く「70歳」という大きな分水嶺
現在、企業の現場では定年が60歳から65歳へと移行しつつあり、70歳までの就業機会確保も努力義務化されています。
しかし、一口に「定年後」といっても、それは一体何歳までの期間を指すのでしょうか。
60歳から人生の終わりまでの20〜30年を一括りに考えてしまうと、見通しが曖昧になり、具体的な準備もおぼつかなくなります。
この点について、楠木氏は非常に実践的なアドバイスをしています。
それは、「定年後を、まず70歳までと70歳以降に分けて考える」という視点です。
楠木氏ご自身の体験や多くの定年退職者への取材からも明らかなように、70歳を過ぎると、どれほど気をつけていても体力や知力の衰えが少しずつ顕著になっていきます。つまり、「60歳から70歳までの10年間」と、「70歳以降の時間」とでは、心身のコンディションも社会との関わり方もまったく異なるのです。
多くの管理職は「定年後」という漠然とした長い時間に不安を抱きがちですが、まずは「70歳までの助走期間・活動期」と「70歳からの成熟期」を明確に切り分けて設計することが、現実的なキャリアの第一歩となります。
単なる長寿ではない――本当に意識すべき「健康寿命」
人の寿命には、本当の寿命、平均寿命、健康寿命、あるいは資産や人間関係の寿命といった多様な側面があります。
しかし、定年後の暮らしを支える根底にあるのは、何をおいても「健康寿命」です。
自立して日常生活を送り、自分の意思で行動できる期間がどれだけあるかによって、人生の自由度は決定づけられます。
そして、この健康寿命を長く維持するために欠かせないのが、「物事に興味を持ち、かつ追求する姿勢」だと言われています。
ただ漫然と健康管理のための運動をするのではなく、何かに強い関心を持ち、試行錯誤しながら自らの手で形に残していくこと。
知的好奇心を持って何かに没頭している人ほど、心身の衰えが緩やかになります。
現役時代のように「会社から与えられた目標」を追うのではなく、「自分自身の興味」から始まる探求を持つことが、結果として健康寿命を延ばす最高の良薬になるのです。
肩書を捨てた後の「居場所」と「双方向の学び」
好奇心や探求心を維持し続けるためには、社会の中に確かな「居場所」を持つことが不可欠です。
居場所の形は人それぞれでよいのです。小さな起業を試みる人もいれば、別の組織に再雇用として残る人、長年の趣味を深める人、地域活動やボランティアに汗を流す人もいるでしょう。
ただし、どのような居場所であっても共通して重要なのは「学びを生涯継続すること」だと感じます。
ここでの学びとは、学校の講義のように一方的に知識を詰め込まれたり、逆に自分が過去の成功体験を誰かに教え込んだりするようなものではありません。
相手から素直に教わり、互いに意見を交わし、共に考えを深め合えるような「双方向の学び」であること。
管理職を長く務めていると、どうしても「教える側・指示する側」に立ちがちですが、定年後はその肩書とプライドを一度下ろし、誰からも学べるフラットな姿勢を持てるかどうかが、孤立を防ぎ、心地よい人間関係を築く鍵になります。
65歳の現在地から考える――毎朝の体重計とこれからの日々
私自身、現在は65歳を迎えています。毎朝の日課として体重計(体組成計)に乗りますが、体重、筋肉量、体脂肪率、内臓脂肪レベルなどのデータから算出される「体内年齢」には、いつも「51歳」という数字が表示されます。
もちろん、これは測定機器の簡易的な数値に過ぎず、実年齢の老化が止まっているわけではありません。それでも、実年齢より14歳も若い数値を目にすることは日々のささやかな喜びであり、「今日もこの体力を維持しよう」という前向きな動機づけになっています。
健康があってこその日常であり、健康があってこその好奇心です。
身体のコンディションを地道に整えつつ、人との温かなつながりを大切にし、幾つになっても新たな学びを得る姿勢を持ち続けること。
定年後の長い時間を豊かに生き抜くための処方箋は、派手な成功法則ではなく、日々の健康管理と、肩書に頼らない人間関係、そして衰えることのない探求心という、ごく基本的な足元にあるのだと実感しています。

