東野圭吾『手紙』に思う――「排除の心理」と、言葉を遺すことの責任

作家の東野圭吾さんが2026年7月23日に亡くなられました。

残念ながら、東野さんの作品はこれまで1冊も読んだことがありませんでした。ですが、追悼番組で放映されたドラマ『手紙』を観て、犯罪者と加害者家族のドラマをここまで正面から描き切っていることに深い衝撃を受け、思わずすぐに本をポチッと購入してしまいました。

手紙 東野圭吾 著(文春文庫 ひ 13-6)

『手紙』は、強盗殺人を犯した兄と、その「加害者家族」として過酷な差別されつづける弟の人生を描いた長編小説です。

読み終えたあと、胸の中に残ったのは単なる感動や同情ではなく、重く冷たい「ざわざわとした思い」でした。

身近にないからこそ残る「心のざわめき」

振り返ってみれば、私のこれまでの人生でも、あるいは会社員生活の中でも、身近に凶悪とされる罪を犯した人間や、その家族はいませんでした。

平穏な日常の中で暮らしてきた身にとって、もし現実に自分の職場の部下や取引先、あるいは隣人に「犯罪者の家族」がいたらどう接するだろうかと考え込まずにはいられませんでした。

差別はいけない、本人に罪はない、と頭では理解していても、いざ目の前に現れたとき、私は本当に普段通り接することができるだろうか。

いくら自問自答しても明確な答えは出ず、ただ心の底に居心地の悪さだけが澱のように残るのです。

平野社長が語った「自己防衛」という冷徹な現実

作中で最も印象に残るのは、主人公・直貴が勤める会社の平野社長が語る言葉です。

社長は直貴に対し、世間が加害者家族を避けるのは単なる悪意ではなく、「自分や家族を守るための自然な自己防衛」なのだと告げます。

会社組織で人を使い、事業の責任を背負ってきた立場から見れば、この社長の言葉はあまりに冷徹でありながら、痛いほど理解できます。

企業や個人にとってリスクを回避しようとする本能を、外野から一方的に「差別だ」「冷酷だ」と責め切ることはできません。

罪を犯した者が背負う真の罰とは、刑務所に入ることだけではなく、自分が愛する家族の日常や未来を根こそぎ奪い、世間からの排除に晒してしまうことなのだという指摘は、人間の社会性の本質を突いています。

成人の犯罪と「親の責任」への違和感

この「連帯責任」という点について、日頃のニュースを見ながら常々感じていることがあります。
成人が薬物や重大犯罪に手を染めた際、高齢の親がフラッシュを浴びながら深々と頭を下げて謝罪する光景です。

世間の一部からは「親の教育が悪かった」「家庭環境に問題があった」という声が判で押したように上がりますが、私は昔からこの風潮に強い違和感を覚えてきました。

犯罪というものは、その時々の人間関係の軋轢、資金的な困窮、突発的な恨みつらみ、環境の歪みなどが複雑に絡み合って起きるものです。

成人した一個人の過ちを、何十年前の「親のしつけ」や「家庭教育」だけに短絡的に結びつけるのは、あまりに一面的な見方ではないでしょうか。

原因を安易に親に押し付けることで、現代社会が抱える複雑な孤立や貧困といった構造から目を逸らしているようにも思えてなりません。

「手紙」という残る言葉の重みとエゴ

本作のもう一つの軸は、タイトルにもなっている「手紙」の存在です。
兄から弟へ、被害者遺族へ、弟から兄へ、そして恋人へ。さまざまな手紙が交わされます。

手紙は、書いたその瞬間の感情や意図が形となって永続的に残ります。
だからこそ、その言葉が本当に相手を慮って書かれたものなのか、それとも「伝えた気になっている自分」を慰めるための自己満足(エゴ)に過ぎないのかが、残酷なまでに浮き彫りになります。

作中の兄が被害者遺族に送り続けた手紙がかえって相手を追い詰めていたように、善意の言葉であっても、相手にとっては凶器になり得る難しさがあります。

私自身、近年は連絡のほとんどをメールやLINEで済ませており、自筆の手紙を書く機会は激減しました。

唯一の習慣だった年賀状も、還暦を過ぎたあたりから「年賀状じまい」のお知らせが増えてきました。そこで私も65歳の節目に、多くの友人へ向けて最後の賀状を出し、「年賀状じまい」をした次第です。

デジタルの即時的なやりとりが主流になった今だからこそ、あとに残り続ける「手紙」という手段が持っていた責任と覚悟の重さを、改めて考えさせられました。

組織を率いる世代として、いま何を思うか

私たちは仕事や人生の過程で、ときに綺麗事だけでは割り切れない現実の壁に突き当たります。

部下の個人的な事情、組織防衛と温情の狭間、社会の不条理な目――40代、50代の管理職であれば、そうした板挟みの中で苦渋の決断を迫られた経験が一度はあるはずです。

『手紙』は、明確な解決策や都合のいい救いを与えてくれる本ではありません。

しかし、社会の中で人が人と関わりながら生きていくことの重み、そして自らの発する言葉や行動が周囲に与える影響の大きさを、静かに問い直す契機を与えてくれる一冊です。

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