「男らしさ」を脱いだら、もっと楽になれる――グロリア・スタイネムの訃報と私たちの昭和
はじめに:43年前のFAX――「Mrs.に直せ」と言った上司と私の記憶
学校を卒業して、最初の会社に入ったばかりの頃の話です。 今から43年前ですから、昭和の終わり頃ですね。当時はパソコンもメールもありません。海外とのやり取りといえば、FAXが最新の道具でした。
ある日、アメリカの担当部門へ送る返事の文面を作るよう、上司から指示を受けました。 なんとか英語で文面を仕上げて、アメリカ駐在の経験もあるその上司の机へ持って行ったのです。
書類にざっと目を通した上司が、 「おい、これ宛名が間違っているぞ。『Ms.』と書いてあるが、相手の担当者は結婚している女性だ。『Mrs.』に直して送り直しなさい」
私は当時、何かの海外トピックスで読んだ知識が頭にあったので、こう返しました。
「最近のアメリカでは、結婚しているかどうかにかかわらず、女性の敬称は全部『Ms.』に統一していく動きがあると聞きましたので、そう書いたのですが」
すると、駐在経験のある上司は、きっぱりと言いました。
「私はそんな話は知らない。いいから『Mrs.』に直してFAXして」
新入社員の私に、それ以上口答えする度胸はありません。すごすごと机に戻り、ペンで『Mrs.』と書き直してFAXを流しました。
サラリーマン生活の中で、どこにでもある「上司に言われてやり直した」小さな出来事の一つです。
新聞の訃報で解けた、43年越しの「その理由」
そのことを鮮明に思い出したのは、先日、新聞の訃報欄を眺めていたときでした。
アメリカの女性解放運動家、グロリア・スタイネムさんが2026年9月2日に92歳で亡くなった、という小さな記事です。
記事を読んでいて、驚きました。
彼女は1971年に『Ms.』という女性誌を立ち上げた人でした。 創刊のとき、「男性は独身でも既婚でもずっと『Mr.』なのに、どうして女性だけが結婚しているかどうかで『Miss』と『Mrs.』に分けられなきゃいけないんだ。おかしいじゃないか」と声を上げ、その異議申し立てをそのまま雑誌の名前にしたのだそうです。
「そうだったのか……!」
43年前、入社したての私がどこかで聞きかじり、上司に突っぱねられたあの『Ms.』という言葉の裏には、そんな強い思いと大きな運動があったのか……と、半世紀近く経ってようやく一本の線でつながったのです。
当時の上司を恨む気持ちは毛頭ありません。
彼もまた、自分が知っている常識に従って、良かれと思って新人を指導しただけだったのでしょう。
ただ、サラリーマン人生をひと通り終えた今の目で見直すと、あのときのやり取りは、日本の会社がずっと引きずってきた「ある癖」をそのまま表していたように思えてならないのです。
50年経っても、なぜ日本の職場は変わらないのか
グロリアさんたちが雑誌『Ms.』を作ったのは1972年です。
初号はたった8日間で30万部が売り切れたといいます。料理や育児のことばかり載っていた当時の女性誌に対して、「女性だって社会を動かす市民だ」と訴えた内容は、世界中にものすごい衝撃を与えました。
あれから50年以上が経ちました。
いま、私たちが働いてきた日本の職場を振り返って、どうでしょうか。
どの会社も「ダイバーシティが大事だ」「女性管理職を増やそう」「心理的安全性をつくろう」と、毎年のようにスローガンを掲げています。研修もたくさんやっています。 でも、現場で働く皆さんの本音はどうでしょう。
「数値目標があるから、無理やり女性をポストに当てはめているだけじゃないか」 「掛け声ばかりで、職場の空気や仕事のやり方は何十年も前の昭和のまま変わっていないじゃないか」 そんなため息が、あちこちから聞こえてきそうです。
なぜ、半世紀も経つのに変わらないのか。
OBとして会社人生を振り返り、私自身も反省を込めて思うのですが、やはり「私たち男性社員が、無意識のうちに変化にブレーキをかけてきたから」ではないでしょうか。
43年前の私の上司のように、「私はそんなことは知らない」「前例がない」「うちの業界ではまだ早い」と、自分たちが慣れ親しんだ古いやり方にしがみついて、新しい風を遮ってきたのではないか。
そのツケが、今の息苦しい職場につながっている気がしてならないのです。
「男らしさ」という重い鎧を、いつまで着続けるのか
しかし、グロリア・スタイネムさんの言葉を追っていくと、彼女は決して「男たちをやっつけろ」と言っていたわけではないことが分かります。
彼女は、男性たちに向けてもこんなメッセージを届けていました。
「男性だって、『男らしさ』という縛りから自由になれば、もっと楽に、自分らしく生きられるはずだ」
この言葉を読んだとき、私は胸を突かれる思いがしました。
かつての私と同じように、今、部下を持っている皆さん。
毎日、重い「男らしさ」の鎧(よろい)を着込んで仕事をしていませんか。
- トラブルが起きても、「弱音を吐いたら頼りないと思われる」と一人で抱え込んでしまう。
- 有給休暇や育児休業を取る部下を見て、口では「いいよ」と言いながら、心のどこかで「俺たちの若い頃は、風邪でも会社に来たもんだがな」とモヤモヤしてしまう。
- 「大黒柱なんだから」「男なんだから弱みを見せるな」と自分に言い聞かせ、休むこともできずにすり減っている。
実は、「女は家庭、男は仕事」という昔の考え方は、女性を締め出していたと同時に、男性には「会社に骨を埋めるまで働き続けろ」という過酷な我慢を強いてきたのです。
私たちが知らず知らずのうちに着込んでしまったその重い鎧こそが、部下の新しい意見を拒絶させ、何より自分自身の首を絞めているのではないでしょうか。
我慢比べのルールを、私たちの代で終わりにしませんか
いま会社で言われている「ダイバーシティ(多様性)」というのは、何も女性や若手を特別扱いすることではありません。女性社員を無理やり「昔のモーレツ男性社員」と同じように残業させることが、多様性のゴールでもありません。
そうではなくて、会社の中に染みついた「昭和の我慢比べのルール」を、みんなで手放すことだと思うのです。
誰かが「それ、変ですよ」と声を上げるのは、ものすごく勇気がいることです。
部下に勇気を振り絞らせるのではなく、「変だと思ったことは、普通に口にしていいんだよ」という空気をつくること。それが、管理職の一番大切な仕事なのだと思います。
「前例通りにやれ」と言うのは一番楽です。
しかし、それでは43年前の私のFAXと同じで、時計の針を止めてしまうことになります。
おわりに:部下の「小さな違和感」に耳を傾けることから
43年前、私は上司に「書き直せ」と言われて、黙ってそれに従いました。
あの頃の私はまだ若く、会社とはそういうものだと思っていました。
いま現場でチームを率いている管理職の皆さん。
もし明日、部下や若い社員が、皆さんの常識とは違う提案や意見を持ってきたら、どうか反射的に「いや、うちのやり方はそうじゃないから」と突っぱねないであげてください。
「へえ、最近はそういう考え方があるのか。どこで知ったんだい?」
そうやって一歩引いて、面白がって話を聞いてみてください。
部下の言葉に耳を傾けることは、部下のためだけではありません。
「こうあらねばならない」「俺が引っ張らなきゃいけない」と張り詰めてきたあなた自身が、古い鎧を脱ぎ捨てて、もっと楽に仕事をするための大きなきっかけになるはずですから。

