「2つのDEI」と、管理職の「多様性疲れ」の解消法 ―― 研修でDEIを教えていた私がハッとした瞬間

はじめに:研修で「DEI」を語りながら、どこか拭えなかった違和感

企業の中で「DEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン:多様性・公平性・包括性)」という言葉が当たり前のように使われるようになって久しくなりました。

私自身、長年会社員として組織の中に身を置き、定年を迎えた今でも、企業研修などの場で管理職の方々にDEIの大切さを説明する機会があります。

「多様な人材を活かそう」「一人ひとりの価値観を尊重しよう」――そう解説しながらも、私の胸の奥にはどこか引っかかるもの、言葉にできない小さな違和感がずっと残っていました。

「制度や数値を追うばかりで、現場の管理職は疲弊していないだろうか?」
「自分が語っているDEIは、本当に現場を、そして人間を活かしているのだろうか?」

その疑問に対する答えと、「ハッとするような大きな気づき」を与えてくれたのが、先日目にした新聞の一面記事でした。

朝日新聞の記事で出会った、ある男の子とこども園のエピソード

2026年8月11日付の朝日新聞の記事「共生を考える」の中に、熊本市内にある「やまなみこども園」に通う、「せんちゃん」という男の子の話が載っていました。

「座れない・歌えない」と前の幼稚園を去ったせんちゃん

せんちゃんは運動神経が抜群で、虫やトカゲが大好きな男の子です。

しかし、以前通っていた幼稚園では「歌は座って歌いなさい」と叱られ、高いところに登れば周りがマネをするからと注意されました。

集団行動や座学が増えるにつれ、園からは「うちではちょっと難しいかもしれません」と、事実上の退園を促されてしまったのです。

言葉は丁寧ですが、要するに「決められた枠組みの中に正しく座っていられない子は、うちの組織では管理しきれません」と排除されたわけです。

椅子も靴もない園で起きた「この子、すごいでしょ」の変化

その後、せんちゃんが転入した「やまなみこども園」は、前の園とはまるで違っていました。

そこには椅子がなく、裸足で過ごし、靴も靴下もはかなくていい自由な世界でした。立ち上がって体を揺らしながら歌っても怒られません。

するとどうでしょう。
かつて「問題児」扱いされたせんちゃんは、トカゲを見つける天才として、また小さな子の面倒を最後までしっかり見る頼もしい存在として輝き始めました。

周りの子どもたちも「こいつがトカゲを見つけたの。すごいでしょ!」と、彼の得意なことを素直に認め、尊敬の眼差しを向けるようになったのです。

園創立者の言葉が突いた「平等」という名の勘違い

この記事の中で、園の創立者である山並道枝さんの言葉が私の心に強く刺さりました。

「全員に同じことを求める」のは平等ではなく不平等である

山並さんは「子どもはみんな問題児で、でこぼこがある」と言います。

その上で、「同じことを全員に求めることが平等なのではない。『不平等』に接することが、本当の意味での平等なのです」と語っておられます。

私たちはつい、「全員に同じルールを適用し、同じ条件で競わせること」を平等だと勘違いしがちです。

しかし、スタートラインも得意・不得意も違う人々に一律の基準を押し付けることこそ、実は最大の不平等なのかもしれません。

人間は「関係性の束」でお互いの得意を生かし合って生きるもの

また山並さんは、人は「関係性の束」で支え合って生きるものだと言います。

虫が苦手な子は得意な子に頼ればいい、絵が苦手な子は得意な子に教えてもらえばいい。

「何でも一人で平均以上にできること」を求めるのではなく、互いの「でこぼこ」を認め合い、補い合う関係性を作る。

それこそが人間社会の自然な姿だという教えです。

私たちが無意識に陥っている「2つのDEI」の正体

この記事を読み終えたとき、私はハッとしました。
「自分がこれまで研修で説明してきたDEIは、まさに『前の幼稚園』の発想だったのではないか」と痛感したのです。

世の中には、実は、「2つのDEI」が存在します。

既存の枠組みに当てはめるだけの「人事管理のDEI

一つは、企業が陥りがちな「人事管理上のDEI」です。

これは、「指定された教室で、ちゃんと椅子に座って静かに話を聞ける人」という前提(従来の働き方や価値観)を崩さずに、その枠組みの中に女性や外国人、シニアをどう当てはめるかという議論です。

ルールに従える人だけを集め、そこからはみ出る人(座れない人、話を聞けない人)を排除した上での「形ばかりの多様性」に過ぎません。

枠組みそのものを問い直す「真のDEI

もう一つが、熊本のこども園が実践している「真のDEI」です。

これは、「なぜ全員が同じ椅子に座らなければいけないのか?」「そもそも椅子は必要なのか?」と、組織の前提や枠組みそのものを疑う姿勢から始まります。

標準的な枠からはみ出す人の個性や強みを察知し、その人が活きる環境を作り直すことこそが、本来目指すべきDEIの姿なのです。

なぜ現場の管理職は「DEI疲れ」を起こしてしまうのか?

現場の管理職が「DEI疲れ」を起こす原因もここにあります。

「全員を同じ型に当てはめたまま、数値目標だけ達成しろ」
「配慮はしろ、しかし成果は落とすな」

と指示されるから、現場は疲弊するのです。

「人事管理のDEI」にとどまっている限り、多様性は単なる「管理負担の増加」でしかありません。

管理職(私たち)が明日から現場でできる、たった一つの意識変革

私自身を含め、サラリーマン世代は「全員を同じ型にはめ、効率よく管理すること」を優秀なマネジメントだと教わって育ってきました。

そのため、自分と違う動きをする部下や、従来の枠組みに収まらない部下を見ると、つい「修正しよう」「型にはめよう」と焦ってしまいます。

しかし、明日からの現場で、ほんの少し意識を変えてみませんか。

「揃えるマネジメント」から「凸凹を組み合わせるマネジメント」へ

部下全員に同じスキル、同じ行動様式を求めるのはやめましょう。

「事務処理は遅いが、お客様の懐に入るのが異常に上手い」
「会議で余計なことばかり言うが、リスクの察知能力が高い」

といった、一見すると扱いづらい「でこぼこ」に目を向けるのです。

違いを「管理の障害」ではなく「チームの武器」と捉え直す

「なぜみんなと同じようにできないのか」と詰めるのではなく、「この尖った部分は、チームのどの穴を埋める武器になるだろうか」と考えてみる。

一人ひとりの特性に合わせた「良い意味での不平等なアプローチ(個別配慮)」を行うことこそが、管理職の本当の腕の見せ所です。

おわりに:職場の「関係性の束」を編み直し、タフなチームを作ろう

ある特定の枠組みで人を切り捨て、「うちの職場には合わない」とはじき出してしまう管理主義からは、新しい価値も、働く人の活力も生まれません。

「この子、すごいでしょ」と子どもたちが互いを誇らしげに紹介し合っていたように、職場のメンバーが「うちの〇〇さん、ここが凄いのですよ」とお互いの得意を認め合えるチームになれたら、どれほど強い組織になるでしょうか。

真のダイバーシティとは、決して優しくて聞こえが良いだけの言葉ではありません。
お互いの違いを認め合い、補い合うことで、一人の力では達成できない成果を上げるための「タフな経営戦略」です。

まずは明日、職場にいる「ちょっと扱いづらい部下」の観察から始めてみませんか。

彼らが「座っていない理由」の中に、チームを化けさせる最大のヒントが隠されているかもしれません。

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